プラザ合意は本当に悪いことだったのか
1985年のプラザ合意がバブルのきっかけであり、失われた30年の理由でもあると言われる。当時はよく分からなかったが、今になって記録を読み返してみると確かにプラザ合意はきっかけではあった。しかし、プラザ合意がなされたときにバブルを予見できる人はいなかったし、ましてや失われた30年を予見できる人はもっといなかった。バブルとその後の日本経済低迷はプラザ合意だけが悪者ではない。
備忘のためにプラザ合意の後の出来事を書き留めておこう。
1985 プラザ合意->円高->円高不況->輸出企業(車、半導体)が海外生産を志向
1986 日銀は不況対策のため金融緩和->金利引き下げ->金余り->土地と株の上昇
1987-1988 バブル真っ盛り
1989 日銀金融引き締め->金利引き上げ
(1989) 消費税3%導入
1990 大蔵省総量規制->地価下落->土地担保融資焦げ付き->バブル崩壊
1991-1997 求人減少(就職氷河期)
1997 いくつかの金融機関破綻
(1997) 消費税5%
(1997) アジア通貨危機
(1998) ロシア通貨危機->LTCM破綻
1999-2000 ITバブル
2001 ITバブル崩壊
2008 リーマンショック
2011 東日本大震災
(2014) 消費税8%
(2019) 消費税10%
2020 コロナショック
2022 円安によるコストプッシュインフレ
どの政策・事件もまあ仕方がないよねというものが多い。個人的にこれはダメだろうと思うのは太字の部分くらいだ。